いざ開戦
宣戦布告は突然に
7月最初の土曜日。かかりつけ医のところで、いつもの血糖値測定。
「今日は130。良い傾向ですね!」
「有り難うございます。この調子でいきたいところです。」
「では、また来週来てください。」
「あっ、先生。最近ちょっと腹が張っていて、しんどいのですが・・・」
「では、そこに横になってみて下さい。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「これは・・・・・、いつ頃からですか?」
「この2~3週間くらいだと思います。例の薬でガスが溜まって居るんでしょうか?」
「これからすぐに、隣の○○○病院に行ってCTを撮ってもらって来て下さい。今、私からも電話でお願いしてみますから。」
「???」
(看護師さんに)「今日(土曜日)は何時まででしたっけ?○○○病院は?直接×××先生にお願いしてみようか?」
先生は何をそんなに慌てているのだろう?何がどうしたというのだろう?何故だか私一人がぽつんと目の前の現実から取り残されてしまってような、そんな感じで、周りの人たちが忙しく動き回っているのを一人眺めていました。
結局詳しい説明は後で・・・、ということになり、土曜日の12時過ぎということもあって、急いで○○○病院へ行きました。1時間くらい待たされて、ようやくCTを撮ってもらい、さらに30分程度待って○○○病院の担当医の先生の問診を受けたのは土曜の午後2時過ぎでした。そこでは詳しい説明はしてもらえず、撮影したCT画像のコピーを大きな封筒に入れて手渡され、「月曜日の朝一番でかかりつけの先生のところで見てもらって下さい。」とだけ言われました。
家に帰って中身を見てみると、よく医者で見るレントゲン画像のような青く透明な大きめの下敷きみたいなものに、ぎっしりとCT断面画像が写っており、おへその上あたりに相当する断面図には特に大きな白い固まりが写っていました。何か大きなデキモノでもできているのだろうか、腸の通りが悪くなって詰ってしまっているのか、腹を切る手術をしなくてはいけないのだろうか、何とか薬で治せるものなのだろうか、仕事休まなくっちゃいけないんだろうな、などなど・・・、月曜日の朝までウジウジと一人で悩み続けたのです。
はっきり言ってこの段階では、CT画像を見てもどれが何の臓器で、どれが異常な物なのかも素人である私には区別が付かない状態でした。
そして、月曜日の朝一番、診療開始時間のちょっと前には病院に着いていました。一番に診察室へと通されて、早速預かったCT入りの封筒を渡し、先生がご覧になっておられる間に、「最近横向いて寝ると息が苦しくなって、右を下にして眠れない」旨をなにげに付け加えの説明をしたところ、先生はCTからこちらに目を向けて、聴診器を当ててから、「胸のレントゲンも撮ってみましょう」と言われ、すぐに撮影が行われました。
レントゲンの撮影中、先生が隣町の大きな病院へ電話をされている声が聞こえていました。
そして大急ぎで現像されたレントゲン画像と、かかりつけ医の先生が書いて下さった紹介状を手に、先生が先ほど電話をされていた病院へと向かいました。
初診ということもあって色々面倒な手続きがあり、あっちに行ったりこっちに戻ったり、何枚もの書類を記入したり、予約の患者さんたちに混じって待合所でボーっと順番を待ち続け、数時間後にようやく名前を呼ばれて診察室に入って行きました。
「かかりつけ医の先生からは何かお聞きになっていますか?」
「いいえ、詳しいことは何も。」
持って行ったCT画像を並べながら、
「腹部に大きな腫瘤が認められます。」
「シュ・リュ・ウ?ですか??(なんじゃそりゃ!)」
「いつから入院できますか?」
「入院が必要なのですか?」
「何かご都合がおありですか?」
「何がどうなっているのか??どう言った状態なのでしょうか??(俺は何が聞きたいのやら?!)」
「詳しい診断は色々と検査をしてみてからでないと言えません。」
「???(頭の中が真っ白!)」
「入院の手続きは、後で処置室の方で看護師とおこなって下さい。」
「ちょっと待って下さい!仕事の整理もあるし・・・、いつ頃までに入院すればよろしいのでしょうか?」
「あなた今苦しくはありませんか?」
「ええ、ちょっとお腹が張って、食事も小食になってきてまして・・・、あっ、でも、おかげで血糖値の方は低めになって喜んでるんですが!えっへ!」
「・・・」
「そういえば、夜右を上にして寝ようとすると、ごぼごぼっという変な音がして、次第に息が苦しくなって、左上でないと寝られないんですが・・・」
「それでしたら出来るだけ早めに確定診断をするためにも、入院されて検査されることをお勧めします。」
「う~ん、ちょっと時間を下さい。」
「・・・」
はっきり言って「頭真っ白」状態でした。腫瘤ってなんだろう???入院???どうなっちゃうの???様々な不吉な想像が次から次へと頭の中に浮かんできました。と同時に、もしかするとそんなに心配しすぎることでもないのかもしれない、という希望的観測に傾きかけてみたり、極端から極端へと心が揺れ動きました。もし、このとき隣に誰か居たら、相当にパニクッて挙動不審気味になっている私を呆れて見ていたかもしれません(幸か不幸かこの年まで独り身な物で・・・)。
そんな状態の私が最初にしたことは、先ず家に帰って気を落ち着けて、パソコンに向かい、情報を仕入れることでした。判らないこと、知らない専門用語など片っ端からインターネットで調べ上げました。特に「腫瘤」と「腫瘍」の違いについては念入りに調べました。まだ誰からも「あなたはガンです」とは言われたわけではなかったのですが、例えそうだとしても、一週間程度の猶予はありそうだという記事をインターネット上で見つけて、週末までに気持ちの整理や、今抱えている仕事の先行きに目処をつけておくことにしました(週末までは仕事を休めそうも無かったので、この時点で大騒ぎしたくなかったという面もありました)。
その週末、再びかかりつけ医の先生を訪れました。
そして、預かってきた手紙を渡し、読み終わられるのを待ちました。実際はほんの数十秒だったはずです。でも私にはものすごく長い時間に感じていました。そして、そのときがやってきたのです。
「あなたは一人モンでしたね?!」
この一言でピンっときました。『あっ、何やら言いにくいことを言おうとしておられるな』、そこで私は意を決して先生に、
「先生、私は東京では近くに近親者が居りません。どんなことでも私本人に仰って下さい。大丈夫ですから!」
すると先生はその手紙そのものを私にも見せながら、
「先方では、ここに書いてある様に・・・」
先生は手紙の一部を指し示されます。
そこには【Lymphoma】の文字が・・・
「悪性のリンパ腫、リンパ腺にできたガンではないかと現時点では疑っている、ということです。」
「ガ~ン!って感じですねえ?!(シャレのつもりだったのですが、スルーされました。当たり前だっちゅうの!)」
私が落ち着くのを待つように、やや間を開けてから、右の胸やお腹の一部に水が溜まっていること、だから先方が仰るように出来るだけ早く入院してしっかり検査して治療方針を決めて、治療を開始した方がよいことなどを説明されました。広島の両親や兄弟、会社などにも連絡したり、協力を仰いだりしなくてはいけません。私の頭の中は、入院までの短期間にこなさなければならない様々な事柄が駆けめぐりました。実務的かつ具体的な当面のやるべき事柄の山が目の前にあったお陰で、その後も平静を保ったまま先生のお話を聞くことが出来たのだと思います。『ガンの告知』という医者にとっても厄介な仕事を、昨日今日お会いしたばかりの大病院の先生でなく、普段から気心の知れたかかりつけの先生にしてもらえたことは、私にとっての【幸運】の始まりだったのではないかと思います。
その後、先生が「個人的な意見ですが・・・」と言って付け足された一言が、その後の闘病生活を支える貴重なアドバイスとなりました。
「これから先、色々な人がそれぞれの立場から、色々な事を言ってくることになるでしょう。その時大切なのは、貴方本人がどのように考え、判断するかであって、人頼みにしないで、自分自身がしっかりと現実と向き合うことが大切になってきます。医者と言えども結局は他人なのだから、医者任せではダメ!治療上の判らないことや不安なことはどんどん医者なり看護師なりに聞くとか、今ならインターネットで調べるという手もあるし、とにかく積極的に自分自身の治療に貴方自身が参加して行くことです。とは言え、あまり自分自身を追い詰めないように。治療による自分自身の変化を観察する位の余裕を持って、何事をも楽しむくらいの精神的なゆとりを持つように心がければ、【病は気から】で、自然に良い方向へ進むと思いますよ!私でよければいつでも相談にのりますから!頑張って下さい!」
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